白血病になった時の話

人生で二度白血病にかかりました(現在は寛解しています)。その時の記憶を遡りここに記していきます。

地固め療法

治療は次のステップに続きます。

 

 

地固め療法

 

治療の期間や薬の種類は変わっても抗癌剤を投与する事に変わりはありません。

結局は吐き気などの副作用との戦いです。

髪も抜けるしメンタルが削られていきました。

 

ロイケリン

 

新しく粉薬の抗癌剤がはじまりました。

飲むだけで良くて、副作用もほとんど無かったと記憶しています。

ただこの時の僕は粉薬が大っっ嫌いだったんです!

子供かって^^;

 

なのではじめはオブラートに包んで飲んでいました。

でも量が多くて飲みづらく、どうもうまくいかなかったんですね。

でもかなり大事な薬なので絶対飲まなければならない…。

 

その対策として提案されたのがカプセルに入れる方法です。

カプセルの中に粉をつめてそれを飲むという方法です。

これなら楽に服用できます♫

カプセルは市販の大きめのサイズを買い、その中に粉薬を入れるだけです(*^ω^*)

 

量が多いのでかなり手間な作業なんですが、服用期間は毎回看護師さんが入れてくれていました。

量が多いのですごい手間だったと思います。

それを毎回毎回やってくれて看護師には感謝しかありません(^◇^;)

 

オレンジ色の抗癌剤

 

寛解導入療法でも使っていた抗癌剤です。

地固め療法でも何度か使うことがありました。

 

最初に使った時は食事も普通に取れていたのですが、プレドニンの服用量が変わったことも関係しているのか、吐き気を起こすようになってしまいました。

何度も吐いたと思います。

数えてないのでわかりません。

 

使う度に吐き気を起こし、吐く、その繰り返しです。

そのせいで僕は、最終的にオレンジ色を見ただけで吐き気を起こす様になってしまいました。

大好きだったオレンジ色の炭酸飲料があったんですが、もう吐き気の味しかしなくなりました。

見るだけでもアウトでした。

 

長い夜

 

ある治療後の夜のことです。

その日はいつも以上に吐き気が酷かったんです。

ご飯も食べられず、水分だけを摂り、口の中の気持ち悪さを吐き出すように何度も唾を吐き出してました。

何度看護師さんにガーグルベース(吐いた時などに使われる器)を替えてもらったかわかりません。

それでも何とか眠りにつきました。

 

そして眠りについてから数時間後。

ふと『吐きそう!』という思いとともに目が覚めました。

起きてすぐにガーグルベースを手に取りそこに吐き出しました。

水分しか摂ってないので水と唾の混ざったような液体しか出ませんでした。

ガーグルベースが溢れそうなくらい吐きました。

涙と鼻水と気持ち悪さで本当にしんどかった。

最悪の目覚めでした。

 

看護師さんにガーグルを片付けてもらい、水分を摂ってまた眠りにつきました。

でも抗癌剤で起こる吐き気って、酒を飲み過ぎた時のように吐いて楽になるものではないんです。

吐いた後も気持ち悪さはなくならないんです。

この日の吐き気は特別酷かったようで、また1時間もせずに吐き気で目覚め、すぐに吐きました。

全然眠れません。

 

こんな事をあと一回繰り返し、結局一夜にして3度吐いたことになります。

うんざりでした。

 

病気になったのは今から15年近く前なのである程度は忘れてしまっていますが、覚えている中でもこれはかなりの辛かった記憶です。

 

メンタルもボロボロに

 

もう何もかも嫌になっていました。

『何で僕がこんな目にあわなきゃいけないのか』

『もっと苦しむべき奴らがいるのに』

『生まれて来なきゃ良かった』

『○にたい』

『飛び降りて終わりにしてしまおうか』

そんなことも考えました。

でも涙が溢れてきて、まだ生きたいという気持ちがあることも感じていました。

 

諦めなくて本当良かった。

今はそう思います(^-^)