白血病になった時の話

人生で二度白血病にかかりました(現在は寛解しています)。その時の記憶を遡りここに記していきます。

輸血について

寛解導入療法を終えて、今度は地固め療法をしていくことになった僕。

今まで使ってきた抗癌剤に加えて他の抗癌剤も使うことが増えていきました。

その過程で著しく血小板が下がることが幾度かありました。

それはかなり危険なことなので、その都度輸血が必要になります。

 

輸血とは

一般的には事故などで大量に出血した人が血を補う為にするものと認識されてるのではないかと思います。

白血病患者の場合は治療で下がった赤血球、血小板を補う為のものです。

 

何が危険?

赤血球(ヘモグロビン)が低くなると貧血を起こしやすくなります。

貧血が凄いと歩くこともままなりません。

本当に酷くなると視界が真っ白になっていくんです。

 

血小板が低くなると傷から血が止まらなくなったり、痣が出来やすくなります

言ってしまえば

『うっかりベッドに足をぶつけた!』

それが命取りになる可能性だってあります。

僕も何もしてないのに鼻の中が切れ、鼻血が出て中々止まらないという事が何度かありました。

 

白血球は基本的に輸血はしません。

自力で回復していくのを待ちます。

(他にも増やす方法がありますが、当時はしませんでした)

 

どんな風に輸血するのか

僕も1度目の白血病で数回した事があります。

パックに入っていて、赤血球は血そのものの赤黒い色をしています。

血小板は黄色く濁った色です。

輸血出来るのは同じ血液型の血液のみです。

 

点滴と同じように管から流していきます。

はじめはゆっくり少しずつ流していきます。

理由は稀にアレルギー反応が出る可能性があるからです。

僕は特別酷いアレルギーも無く、無事に終えることが出来たと記憶してます。

因みにもし強いアレルギー反応が出たら残りの輸血は中止し破棄するしかありません。

 

献血の事情

以前にTwitterのアカウントで以下のツイートをしました。

 

頻繁に献血を募集する理由は血に消費期限があるからです。

赤血球なら21日間で、血小板なら4日間で使用できなくなってしまいます。

とても短いです。

 

街中で募集している人はよく

『〇〇型の血液が不足しています!』

と呼びかけをしています。

恐らく、これだけあれば安定して供給できる!という在庫の量が決まってるのかもしれません。

 

献血するには

献血センターに行けば出来ると思います。

何故思いますと言ったかというと、僕は行ったことが無いからです(^_^;)

というのも僕にはもう一生献血出来る資格が無いからです。

 

献血するにはいくつか条件があります

血液疾患に罹った事がない、輸血歴がない等、日本赤十字社のページで定められていますので詳しくはそちらをご覧下さい。

 

さいごに

僕がこうして今生活出来ているのはどこかの沢山の親切な方々が献血してくれたお陰です。

この場を借りてお礼申し上げます。

本当にありがとうございました!

 

そして献血未経験の方。

もしよろしければ上のツイートを拡散してくれると嬉しいです。

献血していただけたらこれ程嬉しいことはありません(^ ^)

 

読んでいただきありがとうございました。

『当時やめて欲しかった事』と『今思う事』

白血病はとても辛い病気です。

その辛さは今まで記事に書いてきた内容からも分かっていただけるかと思います。

 

今回は、当時僕が家族やお見舞いに来てくれた人などに対してやめて欲しかった事。

また、それを今思い起こして反省している事について書いていこうと思います。

 

やめて欲しかった事

  • 治療や副作用の事を聞かれる事

入院していると親戚の人達がお見舞いに来てくれることがありました。

僕が調子の良い時であればお喋りもできます。

 

当然のことかもしれませんが、みんな僕の病状が気になるようでした。

見舞いに来てくれてるんですから心配してくれてるのだと思います。

なので

『薬は効いてるの?』

とか、

『副作用は大丈夫なの?』

と聞いてくるんですよね。

でも当時の僕はこういうことを聞かれるのが嫌でした。

 

何故かというと

【薬・抗癌剤・副作用】

などのワードがトリガーとなって辛い副作用の記憶が蘇るからです。

調子が良い時にそれをやられると吐き気が蘇って具合が悪くなりました。

 

また、僕が答えなかったとしても親が代わりに答えてしまうんですよね(^_^;)

『治療がこんなに大変で〜』

『こんな副作用が出てて〜』

『でも治療は上手くいってて〜』

などなど僕のいる前で答えるんですよ。

それに対して当時の僕が思ったことは。。

 

『治療に耐えてるのは貴方じゃないでしょ?』

『さも自分が頑張ってるかのように辛さを語りやがって!』

『そもそも抗癌剤の話をしないでくれ!思い出すだけで吐き気が甦るんだよ!』

…と思ってました(ー ー;)

 

実際食事中に抗癌剤の話をされると口いっぱいに気持ち悪さがぐわっと出てきて、食欲が一気に失せました。

 

  • 頑張ってという言葉

その言葉が大嫌いでした。

お見舞いに来てくれた人がよくかけてくれた言葉です。

『頑張って』

は単純に応援の言葉であると思います。

でも僕は素直に応援してくれている!と受け取ることが出来ませんでした。

 

『頑張ってって一体何を頑張れば良いの?』

『頑張ってないように見えるの!?』

そう感じていました。

捻くれてますねw

今は言ってくれた方々がそんなつもりで言ってないってこと、よく分かります。

 

今思うこと

 

治療・副作用について聞かれる事に関しては事前にちゃんと話しておくべきだと思いました。

『こういう理由で辛いのが蘇るからそういう話はやめて欲しい』

そう伝えておくべきでした。

 

頑張ってという言葉に関しては僕に余裕が足りなかったのだと感じています。

余裕のある状態ではなかったので仕方ないです。

でも、やはりそれならその事を伝えるべきでした。

『頑張ってという言葉は負担になるからやめて欲しい』

と。

 

さいごに

 

当時の事を少し後悔しています。

今更こんな事思い起こしたとしてもどうにもなりません。

 

白血病に限らず、もし当時の僕と同じことを思っている人がいたら、余裕がある時に少しだけ考えてみて欲しい。

周りの人は敵では無いはずです。

 

でも、この話が誰かの役に立つなら幸いですが、こんな事を今まさに治療に苦しんでいる人に言う事も酷な話かもしれません。

 

なんかモヤッとした感じになっちゃいましたね…。

一日のスケジュール

以前に一日の過ごし方についての記事を書きました。

 

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今回はもう少し詳しく、1日のスケジュール?的な感じで振り返ろうと思います。

 

15年以上前の話なので怪しい部分もあるかもしれませんw

 

  • 7:00 起床

確か7時くらいだったと思います。

(いきなり怪しくてすみません^^;)

深夜勤務の看護師さんが部屋をまわります。

 

朝はまず

  • 熱を測る
  • 体重を測る
  • 採血をする

などしてたと記憶しています。

 

  • 8:00 朝食

(8:30だったかもしれない^^;)

御飯が配られてきてそれを食べます。

 

キッチンみたいなスペースにトースター・電子レンジ・電気ポットなどがあったんですが、隔離や調子が悪い時は看護師さんにお願いしてました。

 

具体的にはカップ麺やお茶漬けにお湯を入れてもらったり、食パンを焼いてもらったりですね。

 

スライスチーズを乗せて焼いてもらったことがあったんですが、忘れられててカッピカピになったことがありましたw

 

忙しい朝にお願いしてる身分で怒っちゃってごめんなさい><;

 

食後は薬を飲みます。

(食前の場合もあります)

 

9:00 担当の看護師が巡回

その日の担当の看護師さんが巡回してきます。

 

担当とは具体的になにをするかというと

  • その日の点滴交換
  • 吐き気止めや抗癌剤をつなぐ
  • 検査(マルク・ルンバール)があればそれの手伝い

などです。

 

好きな看護師さんが来たらテンション上がりますw

 

  • 10:00 吐き気止め・抗癌剤・検査

抗癌剤治療がある日は大体これくらいの時間帯に吐き気止めと抗癌剤をつないでいた気がします。

 

必要な治療ではありますが、僕にとってはとても憂鬱な時間です。

 

抗癌剤の種類によってはこの時間ではなく夜にやるものもあります。

 

すぐに終わるものや長時間かけてやるものもあるのであくまで一例です。

 

また、マルクやルンバールなどの検査もこれくらいの時間が多かったような気がします。

 

  • 回診

時間は決まってなかったと思いますが週のはじめには医長回診がありました。

 

小児科のお医者さんが全員で患者さんの様子見に来ます。

 

医療ドラマのように大勢でぞろぞろとではなく、3,4人です。

 

それにドラマと違いみなさんにこやかです♪

 

それ以外の日は基本的には担当医の方が回診に来ます。

 

担当医が出張などで不在の場合は代わりのお医者さんが診に来ます。

 

みんな良い先生でした^^

 

  • 12:00 昼食

朝ごはんからあまり時間空いてませんがお昼ごはんです。

 

朝も昼も晩もですが、調子が悪い時は全部食べません。

というか食べれません。

 

無理して食べても吐いちゃうので仕方ありません。

 

大体抗癌剤投与後の2,3日はほぼ絶食でした。

 

水分摂るぐらいがギリギリです。

 

  • 夕食までの間

以前の記事で書いた通りで

  • 元気な時はマンガやゲーム・テレビなど
  • 不調の時はベッドでぐったり

 

上記の他にお風呂に入ってました。

 

風呂は浴槽付きで、時間帯によって小さい子達・女性・男性と分かれていました。

 

この時は湯船につかってましたが、みんなが入りますしあまりよくないみたいです。

 

  • 18:00 夕食

夜になるとたまに父がファーストフード買ってきてくれててそれ食べてました。

 

以前にも書きましたが本当に病院食が・・・( ;∀;)

 

消灯までもテレビ見たりゲームしたりしてました。

 

今思い出してみると受験生なのにほぼ全くと言っていいほど勉強していませんでした^^;

 

  • 21:00 消灯

歯磨きして普通は寝ます。

 

けどこれくらいからテレビ番組面白くなってくんですよねえ^^;

 

ということで暗い中テレビ付けて見てましたw

 

巡回に来る看護師さんに何度も寝るんだよーって注意されながら見てました。

 

夢中でゲームしてたこともありますねw

 

さいごに

ざっくりとですが大体こんな感じです。

 

元気な時は普通に過ごせるんですが、副作用が出ているとほぼ1日中ダウンです。

 

元気だとしても常に点滴にはつながれてますしあまり自由という感じはないです。

 

こんな生活が約1年も続いてたなんて・・・。

 

自分で自分を褒めてあげたいです^^;

 

褒めます。

 

よく頑張った!すごいぞ僕!w

 

読んでくれてありがとうございました。

お医者さんと看護師さん

今回はお医者さんと看護師さんについて書いていこうと思います。

 

お医者さん

転院前の病院のお医者さんは、なんというかあくまで"医者"と"患者"の関係というか、どこか冷めた感じがしていました。

 

患者ではなく病気を見ているような。

 

やり取りもほとんど記憶に残ってないんですよね。

 

そのお医者さん達が悪かったわけではないんですが、比べると転院後のお医者さんは温かったです。

 

良い意味でフレンドリーでしたし患者を見ている気がしました。

 

病気の治療とは関係ない日常会話もしてくれましたし信頼できました。

 

僕の担当のお医者さんは陽気でちょっと寒い冗談も言うけど、大事な話の時はしっかり話す信頼できる方でした。

 

それにめちゃめちゃ頭が良かったんです!

 

勉強も教えてくれましたし、暇つぶしの為に買ったけど全然分からず空白だらけだったクロスワードも全部埋めてくれましたw

 

忙しいはずなのに相手をしてくれて嬉しかったです。

 

担当医が信頼出来るって、すごく重要なことだと思います。

 

信頼出来ない医者に命は預けたくないですからね。

 

他のお医者さんも話しやすい良い方ばかりでした。

 

ゲームの話したり、他愛もない話をして。

 

みんな信頼出来ましたし好きでした^^

 

 

 

看護師さん

看護師さんもいい人達ばかりでした^^

 

密かに今日はどの看護師さんが担当かなーって毎日予想するのが楽しみでしたねw

 

素直じゃなくて茶化したりする僕は看護師さんたちによく

 

「ああ言えばこう言う(^^;」

 

って言われてましたねw

(たしか当時の流行語かなにか)

 

普段は調子の良い僕で迷惑もかけたでしょうが辛い時は親身になって支えて下さいました。

 

夜中に副作用で辛すぎて一人泣いていた時にハグしてくれた看護師さんもいましたね。

 

それに高校受験を控えた僕と一緒に勉強してくれた看護師さんもいました。

 

皆さんの優しさが嬉しかったです^^

 

 

 

イベント

 

小児科の子供達のために看護師さん達は色んなイベントを開催してくれていました。

 

誕生日にはジグソーパズルにメッセージを書いたものと、歌詞カードをくれました。

 

Mr.childrenが好きな僕には「星になれたら」の歌詞カードをくれました。

(当時はその曲知らなかったんですがw)

 

夏にはお祭りイベント、冬はクリスマスイベントを開いてました。

 

夏祭りはヨーヨー釣りやくじとかがあった気がします。

 

クリスマスは確か外泊してて参加しなかったんですが、お医者さんがサンタの格好してプレゼントを配ってたと聞いた気がします。

 

長い入院生活で外に中々出られない子供達には嬉しかったんじゃないかなって思います^^

 

 

 

さいごに

 

お医者さんと看護師さんには感謝しかありません。

 

仕事だとしても、みなさん優しくて支えてくれて嬉しかったです^^

 

病気になったのは良いこととはとても言えませんが、素敵な方達に出会えました。

 

一部の人とは今でもたまにSNSで交流しています。

 

ありがたいご縁です。

1日の過ごし方・体力低下対策・病院食について

今回は当時の入院生活での

 

  • 1日をどう過ごしていたか
  • 体力低下対策
  • 病院食

 

について思い出していこうと思います。

 

1日の過ごし方

  • 調子が悪いとき

治療後の数日間は副作用でダウンしてることが多かったです。

 

1日中ベッドの上でぐったりでご飯もまともに食べれていませんでした。

 

部屋を出るのはトイレの時ぐらいです。

 

吐きそうなときはガーグルベースっていう吐く用の器とにらめっこしてました。

 

 

段々調子が良くなってくると試しに水分を摂ったり、食べやすいゼリーから食べていました。

 

口の中が気持ち悪くて中々食べたい気分にならないんですよねぇ。

 

食べて吐いちゃうのも嫌でしたし・・・。

 

  • 調子が良いとき

ゲーム好きだったのでPS2や64、GBAなどを持ち込んでゲームばっかりしていましたw

 

あとはテレビを見たり、DVDを見たり。

 

9時消灯だったんですがテレビってそれぐらいから面白い番組やるんですよね^^;

 

なんで暗い中テレビつけて見てました。

 

巡回してくる看護師さんに毎回早く寝ろ言われてましたねえw

 

あとはマンガも沢山読みました。

 

ノートパソコンはありましたが無線なので速度が超遅くて気の短い僕はすぐやらなくなりましたね^^;

 

携帯電話を買ってもらってからは同級生とちょっと連絡とったり、当時はやってたHPツクール?的なのを使って自分のページを作ったりもしてました。

 

(当時の記憶があればもう少し見やすいブログにできたかもw)

 

テレビカード・ゲーム・DVD・マンガ・ノートパソコン・携帯電話と両親にはすごく沢山買ってもらいました。

 

今思えば凄い出費だったと思います。

 

病気だったとはいえとても申し訳ないです・・・。

 

体力低下対策

入院中は基本的にほとんどベットの上にいて動きません。

 

元から運動嫌いで全然ない体力が更になくなりますw

 

そんな時に一部の患者さん達が体力低下対策として、夜に人の居なくなった外来を散歩しているのを知ってそれに混ぜてもらうことにしました。

 

ずーっと一日中ベッドの上にいるよりかは絶対マシです。

 

その他にもベットの上で簡単に出来る腹筋とかもしました。

 

意外と馬鹿にできなくて毎日続けてると体力も筋力もちゃんと付いてくるんです。

 

だけど治療が始まると副作用が辛くてダウンするので、また体力がなくなっていくんですよね。

 

意味がないじゃんって思えてきて結局やめました。

 

病院食

不味いです^^;

 

前の病院が良かったので更に悪く感じます。

 

(また、前はおやつが出ましたがここは無いです。)

 

病院はホテルじゃ無いのでこんな文句を言っても仕方ないんですが、

 

 

本当に美味しくなかったんです(涙)

 

 

卵焼きに謎の食材を混ぜてドライヤーで乾燥させた様な料理が特に不味かったのを覚えています。

 

母親や父親が来てくれる時は、料理を作ってきてもらったり、ファーストフードを買ってきて貰ってそれを食べてました。

 

それ以外は売店カップ麺を買って食べたり、食パンを焼いたり、米にバターと醤油をかけたりお茶漬けにしたりして食べていました。

 

病院食はパンやご飯などの主食以外はほとんど食べていないと思います。

 

病院食は栄養やカロリーを計算して作られているんでしょうけど、それを食べずにこんな食生活を送ってたので身体に悪かったろうなと思います^^; 

寛解導入療法を終えて

寛解導入療法の記事を3つ書きました。

 

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服用してた薬

飲んでた薬について書くのを忘れていました^^;

 

名前などは詳しく覚えてないのですが結構沢山飲んでました。

 

利尿剤、抗菌薬、胃薬、カリウムの数値調整の薬など、あとプレドニンもですね。

 

飲んでいた時期、個数など詳しくは覚えていませんが沢山ありました。

 

他の持病の薬も合わせたら結構あった気がします。

 

寛解導入療法の終わり

寛解導入療法の治療プランが終了しました。

 

ですが、無事に寛解できているか調べる必要があります。

 

またマルク(骨髄穿刺)で骨髄を調べます。

 

これでもし寛解出来ていなければ更に強い治療をすることになります。

 

幸い僕は無事に寛解することが出来ました^^

 

楽な治療ではないので全然無事ではないですが(>_<)

 

外泊

白血病は長く辛い治療ではありますが、治るまでずーっと入院生活なわけではありません。

 

抗癌剤の治療と治療の間で状態が良ければ外泊することができます。

 

状態が良ければというのは以下の通りです。

 

  • 白血球が一定数以上ある

外に出れば感染のリスクも増えます。

 

白血球が低ければ低いほどそのリスクも高まっていきます。

 

数値を見て判断するのは担当医ですが、1000以下は完全にアウトです。

 

病院内どころか病室すら出られないです。

 

  • 熱がある

これもアウトです。

 

当然といっちゃ当然ですね^^;

 

他にも吐き気が残っていたりしても許可がでるか怪しいです。

 

外泊のメリット

わざわざ書くことでもないかもしれません。

 

外泊は良い気分転換になります。

 

だからお医者さんも許しているのだと思います。

 

院内にずっといた方が風邪などの感染のリスク減って安全ではありますが、ずっと病院生活だと病んでしまいますもんね^^;

 

家に帰れば病院食でなく、母親の作り立てのごはんがたべられます♪

 

それに病室よりも自分の部屋の方が居心地が良いに決まってますしね^^

 

あと食べることが好きだったので、外泊のタイミングでよく外食をしていました♪

 

祖父にはおねだりしてお寿司に連れて行ってもらってました♪

 

好き放題食べて出費がすごかったと思います^^;

 

家族には良い気分転換をさせてもらって本当に感謝しています。

 

寛解導入療法を終えて

寛解導入療法を終えて無事に寛解することができました。

 

なんと治療を終えても髪がすべて抜けることはありませんでした。

 

髪質が強くて毛量が多いのもあったかもしれませんがとても嬉しかったです^^

 

そして今後は地固め療法に入っていきます。

ルンバール

前回と前々回の記事の続きになります。

 

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オンコビン

 

前回の記事で書いた抗癌剤のロイナーゼは使った記憶はしっかり残っているのですが、このオンコビンという抗癌剤はほぼ記憶にありません。

 

2度目の白血病の時にも使ってるんですが、かなり短時間で終わる抗癌剤です。

 

代表的な副作用は酷い便秘を起こすことです。

 

幸いなことに僕は便秘で苦しんだ記憶はなかったです。

 

割と辛くない治療だったのかなと思います。

 

2度目の白血病の記事で詳しく書いていくつもりです。

 

 

 

筋肉注射

 定期的に筋肉注射をされていました。

 

正直どういう目的でそれをされていたのかはわかりません^^;

 

されるがままでしたw

 

自分のことなのによくないですね^^;

 

場所は肩かお尻か選べますが、痛くない方という理由でお尻に射ってました。

 

刺す時にチクっとするのと、液を入れるのが少し痛いくらいだったのでそれ程辛くはないです。

 

 

 

ルンバール

腰椎穿刺(ようついせんし)ともいいます。

 

背骨から頭蓋骨にかけて骨の中心には髄液(ずいえき)という液体が流れています。

 

頭蓋骨の中の脳は、その髄液の中でプカプカ浮いている状態です。

 

血管に繋がっているわけではない為、白血病には関係ないように思われます。

 

ですが、僕の罹った白血病の種類の『急性リンパ性白血病』はこの髄液中にも癌細胞が入り込む可能性があるんです。

 

その為、髄液中に癌細胞がないかを検査する必要があります。

 

また、骨髄と同様に見つけられない小さな癌細胞をせん滅する為に抗癌剤も入れます。

 

これがルンバールです。

 

関係ないですが母は何回説明しても名前を覚えられず『バンバール』だの言っていましたw

 

 

 

処置と副作用?

 

横向きに寝て、背中を丸めた状態で背骨にながーい注射器を刺します。

 

そして検査用に髄液を少し抜いていきます。

 

この髄液を抜く時にはマルクのような強い痛みは感じません。

 

というより痛みはありませんね。

 

抗癌剤を入れる時が問題です。

 

検査終わりに入れるんですが、足にとても強い痺れが起こります。

 

この痺れが不快で仕方ないんです。

 

正座で足が痺れた記憶がありませんか?

 

あれの何倍もの痺れが急に足に現れます。

 

かなり不快でしんどいです。

 

30〜60分くらいで痺れは無くなっていくんですが、ただただ無くなるまで耐えるしかないのが厄介です。

 

処置が終わった後は2時間程枕を外した状態で仰向けになって安静にします。

 

そうしないと頭痛が起こる可能性があるそうです。

 

理由はよく分かりません。